Be with you

「つまんないですわ……」
 ディアーナ=エル=サークリッドは、小さくため息をついた。
 今日は世界を救った女神の降誕祭。
 クライン国第二王女の立場にある彼女は、王家の執り行う仰々しい儀式に参加していた。
「姫……もう少しだけ我慢してくださいね」
「そうそう。あとちょっとだからさ」
 ディアーナの左右から、ひそひそ声で慰めるのは彼女の良き友人達。
 ディアーナ付きの護衛騎士のシルフィス=カストリーズと魔道士のメイ=フジワラである。
メイの台詞にディアーナは再びため息をついて言った。
「メイ、その台詞、これで五回目になりますわ」
「あれ、そうだっけ?」
 ディアーナにやり返されて、メイは笑って誤魔化した。
「姫、そろそろですよ。準備は宜しいですか?」
「ええ。何時でもよろしくてよ?」
 シルフィスの問いに、ディアーナは、にっこり笑って答える。
ようやく出番が来たらしい。
「では、祈りの歌を」
 祭壇前の神官の合図にディアーナは椅子から立ち上がる。
「頑張ってね、ディアーナ」
 メイの応援に頷くと、ゆっくりとした歩調で祭壇の前へと進んだ。

「ふう…ようやく一人になれましたわ…」
 降誕祭で賑わう街中でディアーナは一息つく。
 儀式で聖歌を披露した後、彼女は正装から普段のドレスに着替えると、こっそり街へ逃げ出した。
「やっぱりにぎやかですわね。人もお店もいっぱいですわ。…ちっとも変わらない……」
 そう呟くと寂しげな微笑をする。今はここにいない大切な人を思い出した為だ。
お守りになっている指輪をきゅっと手で包む。
「きっと……頑張ってらっしゃるのよね……大丈夫。少しくらい待てますもの……あら?」
 ディアーナは、きょろきょろと辺りを見回す。
「……どちらがお城でしたかしら?わたくし、どちらからきましたっけ?まさか、また……ま、迷っちゃい
ましたわー!!!どうしましょう?!」
 考え事をしながら歩いたせいか、道を間違えたらしい。慌てて辺りを見回す彼女の後ろから、声が
かかる。
「……どうしましたか?」
「え?」
 振り返ると、マントのフードを深く被った人物が立っている。
「……いいえ、何でも有りませんわ」
(あら……どこかでこれと……)
 記憶にひっかかる台詞で、ディアーナは不審人物に答えた。
「見た所、迷子になっているようですが」
「いいえ!迷ってなんか――……え?」
(同じ台詞を……あれは……)
 ディアーナの頭の中で以前の出来事が思い浮かぶ。
そう、これと全く同じ台詞を言った人物がいたのだ。
「……っく」
 ディアーナの台詞に不審人物が爆笑する。
「あ、貴方、まさか?!」
「やあ、姫君」
 フードを跳ね除け、ディアーナの婚約者である隣国の若き王は笑顔で答えた。
「アルムレディン!」
「いつ気が付くかと思ったんだけど……案外分からないものだね」
「酷いですわ!何時から見てらしたの?!」
 ディアーナは恥かしさから、自分を抱きしめる相手の胸元をぱたぱたと叩いた。
「勿論、初めからさ」
「え?」
「聞いたよ。……とても綺麗だった。君の歌声は」
「……嬉しいですわ……でも…大丈夫ですの?いらしたりして」
 先に起きた戦争で、隣国ダリスは荒れ果てた土地と化している。
 いくら女神の加護が戻ったとはいえ、すぐに回復しきるものではない。
アルムレディンは、ディアーナを迎えに行く為に必死で国の復興に当っていた。
「ああ。ようやく目処が立ってね―――迎えに来たよ。ディアーナ」
「………」
 アルムレディンの言葉にディア−ナの瞳から涙が零れ落ちてゆく。
「……嫌かい?」
 彼の言葉に首を振る。
「……嬉しいんですの……こんなに早く……来てくれるなんて」
「まだ、完全に戻ったわけじゃない。苦労させるのは目に見えている。でも……もう離れたくないんだ。
――一緒に来てほしい」
「勿論ですわ。……わたくしに何が出来るか分かりませんけど、二人で頑張りましょう」
「ディアーナ」
 温もりを分け合うように寄りそう二人の頭上から静かに雪が降ってきた。
「アルムレディン……」
「ああ、降ってきたね」
「ええ……綺麗……」
 アルムレディンの腕の中でディアーナは空を見上げた。



fin

finish writing  99.12.27