困ったなぁ……。
シルフィスは、心の中で呟くと、長々と己の経験談を語る3年先輩の見習い騎士の隣で、気付かれぬよう、微かなため息をついた。
アンヘル種は、その美貌とめったにお目にかかれないという物珍しさも加わって、よく絡まれる。
酒が出る宴会や酒場では特に酷いようで、村にいる時シルフィスは、大人達から、無理難題を言って喧嘩を売られたり、酔った勢いで押し倒されたり、と、あまり嬉しくない話を随分と聞かされた。
だからこそ、極力、酒の席は断って来た。しかし、新入隊員の歓迎会となれば、主役の一人である自分が断っては、主催側が困るかもしれない。
そう思い、なるべく目立たない隅の席に座り、早めに切り上げるつもりで歓迎会に出席したのだが。
失敗した。
何が、と言うと、現在、自分の隣で得意げに経験談を語るこの男に捕まったことが、だ。
前々から、親切な台詞と共に、馴れ馴れしい態度で自分の身体を触る事が気になってはいた。
だが、はっきりと何かをされた訳ではない。同期のガゼル=ターナも同じような態度を取られていたので、スキンシップの激しい人なのかも……と思った。思いはしても、気分の良いものではないので、彼を避けて今日まで来た。
今日の歓迎会も、彼が参加することは知っていたので、なるべく彼から離れた席に座った。
その為、隅の席に座ることは出来なかったのだが、隣に親友となったガゼルが座ってくれたので、あまり気にしないで最後まで楽しむことが出来そうだった。
ガゼルが、席を離れた瞬間を狙って、彼がその席に座らなければ。
不味い、と思って、自分も席を立とうとしたが、無理やり座らされてしまった。
初めは、にこにこと笑顔で対応していたシルフィスだったが、時間が経つにつれて、笑顔が引きつってくる様になった。酒に酔っているようで、いつもよりしつこい。おまけに遠慮なくべたべたと触ってくる。
いい加減、耐え切れなくなり、怒鳴ろうかと思った時、聞き覚えのある低い声が頭上から聞こえた。
「大した経験談だな」
二人が慌てて見上げると、訓練所の指導者兼責任者のレオニスが、憮然とした表情で立っていた。
「隊長!」
「ク、クレベール隊長……」
引きつった表情の男を一瞥すると、レオニスはシルフィスの後ろに立ったまま、続きを促した。
「それで?」
「い、いや、その、何だったっけ?えーと、あー……」
もごもごと言い訳めいた台詞を呟くと、彼は突然立ち上がった。
「俺、ちょっと用事を思い出したんで!」
「己の実力に見合った話をすることだ。後悔しないように」
無表情なまま、冷えた声色で忠告を発した上司に、彼は何度も頷きながら早足で立ち去った。
「隊長……」
礼を言おうと、口を開きかけたシルフィスの肩を、レオニスは励ましの意味を込めて二回、優しく叩いた。
そして、何も言わずに扉に向かう。
「あ……」
ありがとうございます、隊長。
立ち去る大きな背中に向かって、シルフィスは深く頭を下げた。
レオニスの無言のエールに励まされたシルフィスは、穏やかな気持ちで、歓迎会を終えることが出来た。
fin