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わかる?
 休日の午後。寮の食堂内は珍しく人が少なかった。
 何時もなら、そこそこ人がいるのに今日に限って、ほんの数人しか席に座っていない。
 昼食を取り終えて、伸吾達はそれぞれ飲み物を手に談笑していた。
 何かを取ろうとして手を伸ばす。それを遮って伸吾が聞く。
「何?」
「――――――」
 充流の唇は言葉を形取るが、肝心の音が聞こえてこない。しかし。
「ああ、砂糖――二つ?ほい」
 伸吾はそう言って、充流にシュガースティックを2本渡す。
「――――」
「だから、お礼はいいって言ってるだろう?」
 にこりと笑って、やはり聞こえない声で何かを言った充流に、伸吾の顔が少し歪む。
「――――」
「いいから!それより、安静にして早く治せよ・・・充流がしゃべんないと凄くつまんないんだから」
 風邪による体調不良は回復したものの、腫れた扁桃腺はすぐには治らず、何とか、かすれた声が出る程度だった。
無理に出して、直りが悪くなったらどうする!?と、伸吾に突っ込まれて、現在、充流は喋る事を禁止されていた。
「――――――」
「だ〜か〜ら〜無理に喋ろうとするなって言っているだろうっ!」
 再三の静止を無視した充流に、伸吾が、こらっ、と、叱り付ける。
「……山内」
 伸吾の隣でその一部始終を黙って見ていた秋山が、伸吾を呼んだ。
「おう?」
「お前、よく分かるな。藤井の言いたい事」
「そうだね。別に口の動きが読めるわけじゃないんでしょう?山内」
 充流の隣で、同じように見ていた夏野も頷く。
「読めないって。出来る充流が変なんだ」
「じゃあ、なんで分かるの?」
 軽く首を傾げて聞いてくる夏野に、伸吾は
「えーと……なんとなく?」
やはり首を傾げて、答えになっていない答えを返してきた。
「なんとなく――って、えらく曖昧だな」
「だから、そうかなぁと思うだけで、合っているとは限らないんだってば」
「合っているじゃないか」
「一度も外してないし」
 立て続けに言われて、伸吾の顔が引き攣った。
「鈍いのか鋭いのか、よく分からん奴だよな、お前」
 秋山の一言に、充流がにっこり笑う。
「充流、そこで同意するなっ!」
 充流の笑顔を見て、伸吾がむくれる。
「・・・・・・笑っただけだよね?今の」
「どうしてあれで同意したと分かるんだ?」
 不思議そうな二人に、充流は何かを言った。
「――――――」
「っ!充流、余計な事言うなーっ!!」
 顔を少し赤くして伸吾が怒鳴る。何事かと、食堂にいた数人の寮生が振り返ってこちらを見た。
「え、何?何を言ったの?!藤井」
「――――――――」
 夏野の問いに、充流が笑顔のまま唇で言葉を形取る。何を言われたのか、伸吾の顔がゆで蛸状態になった。
「!!――俺、先に部屋に戻るからっ!!」
「山内?!」
「戻るって……藤井、どうするのさ?」
「不自由して反省しろっ!」
 どすどすと怒りあらわに廊下を歩く伸吾の後姿に、くすくすと充流が笑う。
「あーあ、行っちゃったよ……――ねえ、藤井。何言ったの?」
「無理だって、夏野。藤井、喋れないんだから」
「うん、だけど気になるじゃないか」
「大方、愛のなせる技、とか言ったんだろう?藤井」
「あ、一条」
 ひょっこり姿を現した一条の台詞に、充流が首を振る。
「ほう、違うのか。お前の事だから直球でからかったのかと思ったが」
 充流は唇に人差し指を立ててにっこり笑う。
それから、秋山達に手を振ると、伸吾の後を追うように食堂から出て行った。
「結局、内緒な訳ね」
「まあ、あの慌てようから察するに、言われた方が照れる事だろうけど」
「照れる事ねえ……」
 考える事数十秒後。秋山と夏野の顔がほんのり赤くなった。
「――秋山、夏野。お前達まで照れてどうする?」
 一条の突っ込みに、二人は、赤くなった顔を擦りながら答える。
「え、あ、あはは。うん、ちょっと、ね」
「山内に同情しただけだ。な、夏野」
「そうそう」
「……結局、公衆の前で惚気ていただけだろう?あいつ等は」
 呆れた表情の一条に、二人は同意する。
「そうだね。よっぽど世話やかれるのが嬉しかったんじゃない?藤井」
「何時もと立場が反対だからな」
 うんうん、と、頷く二人に、お前達も似たり寄ったりだ、と、一条が思ったかどうかはさておき。

 自室に戻った伸吾と充流がどうなったは、その後の緑桐ブックメーカーの号外で知れる所となる。


終わり

2003年に寄贈した作品。作品のワンシーンを、寄贈先のサイト管理人様が、素晴らしいイラストにして下さった、思い出のある作品でもあります。
対となる声の出なくなった伸吾バージョン、というのもあるにはあるのですが、声の出なくなった理由が、アレなので、お蔵入りとなってしまいました(苦笑)

2005.07.20 再UP