書への科学的アプローチ

教室通信128号(平成17年7月)より
 

 筆を持って書く動作を、科学的に調べた研究があります。東京工業大学の知能システム科学専攻・神経情報演算分野、小池康晴助教授の研究室で、内藤裕氏により行われています。私もほんのちょっとお手伝いさせていただきました。簡単にご紹介しましょう。
 人間の腕は筋肉で動きます。筋肉が伸び縮みすると、電流が流れるので、それを記録しておいて、別の人でも同じように電流が流れるように腕を動かせば、同じ筋肉の使い方をすることができます。
 次が腕に電極をつけて、腕の動きとの関係を調べている概略図とその様子です。

      

 このことを利用して、字の上達を効率よくすることができないかと考えられました。
 字のうまい人が筆を持って書くときの腕の動きを、上の方法で測っておきます。筆になれていない人でも、うまい人と同じように筋肉に電流が流れるように(つまり同じ筋肉の使い方になるように)まねしながら書くと、うまくなるそうです。

(a)がこの実験前、ある人が書いた右はらい、(b)が腕に電極をつけて、うまい人と同じ電流が流れるようにしながら書いた結果だそうです。どうでしょう。うまくなっているでしょうか。
 私は、ずいぶんうまくなっていると思います。
(a)は、はじめからおわりまで力の入れ方が不安定で、緊張して書いています。(b)は、力の入れ方が一定で、線に安定感があります。よく言われる「等速等圧」の筆運びができています。このやり方で、字の上達がうまくできそうですね。
 私が書家として、この研究にとても興味を持つのは、次のようなことがあるからです。
 字の練習をしている人は、書かれた字のことばかりを気にしています。ここが長すぎたとか、この線がもうちょっとこっちへ寄っていたらとか。ですが、字を書いているのは、他ならぬ自分の腕だということをもっと認識しなくてはなりません。背筋がしっかり立っているか、わきの下に少しの空間があるか、手首はしまっているかなど、普段言っていることができなくては、どんなに小手先だけで直そうとしても、いい字にはならないのです。
 字を書く作業は、紙の上での平面作業です。もちろん多少の筆の上下動はありますが。ところが腕の構造はたいへんに複雑で、一本の線でさえ、同じ太さで、同じ速さで書くことはとてもむずかしいです。筆の動きは進化すればするほど、「等速等圧」という、単純な動きに帰結するものなのに、ほとんどの方は、紙の前で悪戦苦闘しているのが現状です。
 園児・小中学生の方はもとより、大人の方でも、私のようなプロでも、もっともっと腕の動きから解析していかなくてはならないのではと思います。その意味で、このような観点からの研究はとても興味あるものでした。
 なお、この研究のご紹介は、小池先生のご許可をいただき、掲載させていただきました。ここに感謝を申し上げたいと思います。

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