教室通信148号(平成20年11月)より
先日、テレビ番組で、こんなことが紹介されていました。ある人が、事故で手足が不自由になり、口に筆やペンをくわえて、字を書かざるを得なくなりました。訓練するに従い、以前の手で書いていた文字と、口で書いた文字とがそっくりになったということです。これは何を意味しているのでしょうか。字は、手によって書かれるのではなく、脳の中に、この字はこうだと思っている形があって、それを実現しているだけだということです。これを「脳内文字」と呼ぶそうです。 ということは、私達がお手本を横に置き、それをまねることで上達しようとすることは、有効な方法なのでしょうか。結局、脳内文字を変えなければ、上達はしないと言えないでしょうか。 私がお教えしていて、「美しい字」がどういう字のことを指すのか、皆さんのイメージがはっきりしていないな、と感じることがあります。現代は活字文化。活字の形が良い、と考えるのはある程度仕方ないと思います。しかしながら、手書きの文字の良さとは、水平・垂直・左右対称という活字とは違ったところがあり、書いた人の息吹が感じられることが良さなのです。まず、多くの美しい字、書道の世界では古典(昔から珍重されてきた法帖などの名籍、書道の教科書に載っています)を数多く見て、脳内文字を向上させることが大切でしょう。 さらに、ここからが大切。良い脳内文字を持っていたからといって、手がそのとおりに動くとは限りません。まずはお手本の字が脳内文字だと思って、そのとおりに書けるように何枚も何枚も、数多く練習することです。それと共に、脳内文字も洗練されていきます。 書道教室にみえる多くの方は、良い脳内文字を持っていて、そのように書けないから習いたくなったのですよね。教室にみえた時点で、問題の80パーセントは解決していると言えます。あとは精一杯、気長に学ぶことです。大抵の方は、腕の上達より、脳内文字の向上の方が速く進みます。すると、自分はだんだん下手になっているのではないかと錯覚して、苦しくなることがあります。だから第三者の目で客観的に評価してもらうことも大切なのです。書の道は長いですよ。気長にやってくださいね。 |