作品「やはらかに…」について

教室通信139号(平成19年5月)より

 会場で、何人もの方からご質問を受けました。「このうすい墨は何なのか」と。そういえばこの青墨を使っての作品も久しぶりだったなあと苦笑した次第です。黒の墨はとても強く眼に飛び込んできますが、情感豊かに、やわらかい感じを出したいときに、松材を燃やしたすすから作った青墨を使います。書の世界では、これが青なのです。二十年前にすった墨を使い、にじみの効果をねらいました。
 私は東京生まれなのでふるさとがありません。そのかわり、母のふるさとである岩手県北上市がそのようなもので、小学生のころは夏休みに、おばあちゃんの家に行くのが何よりの楽しみでした。石川啄木のこの句も大好きで、いつか書きたいと思っていました。「北上」とは北上川のことを言っていて、北上市ではないのですが、それはお許しいただきたいということで…その情景を思い浮かべると、涙が出てきます。
 今勉強している傅山(ふざん)の調子で、調和体をと思いましたが、うまくいきませんでした。傅山の良さの一つは連綿(字と字をつなげること)ですが、それをしない調和体では、味がでません。作品の山場は「岸辺(岸邊)」です。そこでちょっと、連綿をしました。まだまだ研究をしなくてはなりません。
 おばあちゃんはすでに他界し、その家を守ってきた叔母も1月に亡くなりました。あの北上はもう記憶の彼方なのかという、涙、涙の作です。 

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