桐蔭学園高校 書道同好会!

教室通信144号(平成20年2月)より

 教室には、小学生から高校生まで、とてもたくさんの桐蔭学園の生徒さん達が通っています。私が桐蔭の卒業生なので、無理もないかと思います。私が通っていたころは、中学・高校はまだ男子部のみで、制服もブレザーではなく詰襟で、今とはかなり雰囲気が違います。そういう私の目から見て、後輩たちはとてもかわいいです。「先生は桐蔭時代、何部だったの?」「もちろん書道部さ!」「えーっ!」というのは、教室でよくある会話です。
 師である弓納持太無先生には、桐蔭学園中学で書道部の顧問をしておられたときからお世話になっています。中学を卒業して、高校へ進学したときに、書道部がなく、どうしようかと考えました。ないなら自分でつくればいいということで、弓納持先生にも相談して、書道同好会を立ち上げました。
 でも、考えてみてください。男子校で書道なんて、というのも変ですが、そんなに部員が集まるわけがありません。昼休みになると、当てにしていた中学時代の元書道部員の教室へ押しかけ、「書道同好会に入れ!」と迫りました。「うわっ、佐藤が来た!」と彼らはいっせいに逃げ出し、私が追いかけるというのが毎日のよう に続きました。今ではもうなくなってしまった第2校舎の1階から4階まで、昼休みの間中走り回っていました。中でもA君、K君、S君の逃げる後姿は忘れることができません。結局、この3人が折れ、私も含めて4人で書道同好会がスタートしたのです。
 たった4人での同好会活動は困難を極めました。一人でも抜ければたちまちに寂しくなってしまうわけで、メンバーの気持ちを維持するのに苦労しました。放課後、ガラーンとした教室で、男4人が、一心に筆を持っている。その前の廊下を先生や生徒が時たま通り過ぎて、「何やっているんだ?こいつら」という声が聞こえる。それでもやりました。たとえ自分一人になってもやるんだという思いが支えであったと思います。どこからそんな考えが浮かんだのかわかりません。それが当たり前だと思っていました。中学の校舎(当時の第1校舎、今は大学になっています)へ行けば、弓納持先生にご指導いただけますが、できるだけ自分の力でやってみようと言う精神で、それが桐蔭学園での第1回の文化祭につながったと言えます。そのエピソードなどは、ホームページ「母校の文化祭」をご覧ください。
 メンバーで今でも書を続けているのは私だけですが、その周辺も、昌熾会書展を見に来てくれたり、便りをくれたりします。「あの時はよくやったよなあ」なんていう話になります。書道同好会は、人生でもとても貴重な経験でした。
 当時の私達に比べて、今の生徒さん達は、人の目を気にしすぎているような気がします。それは本人達のせいというわけでもなく、情報化時代の産物なのかもしれません。ですから、私達みたいな馬鹿なことができにくく、縛られているようで少々かわいそうでもあります。せめて紙の上だけでも、思い切り暴れてくれればと思っています。

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