■第2章 噂の人
あれから何日経ったのだろう?
僕は少なくとも表面上は前と変わらない毎日を送っている。
けれど伸吾は変わった、誰の目から見ても。
柔らかい笑みを浮かべるようになった。
儚げで、それでいて人を惹きつけずにはいられない 笑み。
仕草も、以前のそれとは違っている。
どちらかと言えば乱暴だった感があったが、今は何処となくおとなしやかだ。
『前より大人しくなったな』とは相沢の談。
確かに以前のようには馬鹿騒ぎしなくなった。
『艶っぽくなったか?』とは秋山の談。
そう、以前の伸吾にはない、まるで蝶を誘う華のような色香が仄かに漂っている。
『きっと彼は恋をしているんだ』とは学校の噂。
学校中の其処此処で聞かれるようになった、伸吾の噂。
それを聞くたび胸が痛かった。
自分の耳を切り取ってしまいたいほどに。
叶う事ならいっそ噂など聞こえない何処か遠くへ行ってしまいたかった。
そんな事出来る筈もなかったけれど………
「山内、日に日に美人度増してるな〜聞いたか?一年を中心に親衛隊が出来たらしいぞ」
「親衛隊?」
「ん………山内一年に結構人気あるらしいぜ。」
「あ〜まあな、去年までの山内を知らない連中からすれば、な………」
「知っている連中にしても浮き足立っている奴は居るだろう?」
あぁ、また伸吾の噂だ……
皆の気持ちも分からなくは、ない。
けれど出来る事なら僕の居ない場所で話して欲しい、そうじゃないと辛くて堪らない。
カリカリカリ………
まるで針で引っかいたみたいな傷が僕の心に増えていく。
どうして、なの。なんで………
「何の話だ?」
背後からした声に瞬間、息が止まった。
愛しい、人の声。どれほどに思っても叶わない、近くて遠い人。
「いや、最近山内美人になったよな〜って話してた」
「は……?」
「好きな奴が居るんじゃないかって、もっぱらの噂だぞ」
「白状しろ山内、居るんだろ?」
秋山や相沢達が寄ってたかって伸吾を質問攻めにする。
困惑した、伸吾の顔
お願い、止めて。これ以上暴かないで。
僕に現実を突きつけないで、耐えられなくなるから……
気が狂いそうなほどの感情の嵐を理性の力で留めている。
「………充流?!!」
は、と現実に帰ると僕の目の前には、伸吾の心配そうな顔。
「伸吾……?」
「顔色が悪いぞ、大丈夫か?」
「う……ん…」
周りを見ると、今まで噂話に興じていた秋山達も心配そうに僕を見ている。
「ごめ…ん、大丈夫」
やんわりと伸吾が僕の背中を撫でてくれている。
それだけで僕のささくれ立った心が癒されていく……
伸吾が僕を見てくれている、他の誰でもない、僕を。
「如月先生の所に、行くか?」
「ホント大丈夫、心配掛けてごめん皆」
そう言いながらも伸吾に身を預けたままの僕。
ごめん、伸吾。ちょっとで良い、僕のそばに居て。
ずっとだなんて贅沢な事は言わないから。
何も言わずにただ身を任せた僕を、伸吾はずっと撫でてくれていた………
2003.08.28