■第4章 純粋なる鋼
誰一人声一つ漏らさぬ沈黙の中、口火を切ったのは秋山だった。
「なぁ、山内」
「ん?何だ」
「片思いなのか………?」
僕の隣に居る伸吾がひゅっと、息を呑んだのが分かった。
誰が、とか何が、とか。そんな説明は要らなかった。
さっきの伸吾の態度が全てを語っていたから。
秋山の発言は質問ではなく、確認なのだ。
伸吾はただ笑った……
まるで子供のような無邪気な笑みではなく、それはとても透明な、笑み。
今、僕達の背後に広がる雲一つない、青空に溶けてしまいそうなほどに。
「告白は、しないの………?」
柴田が気遣うように、聞いた。
それは当然の疑問。此処にいる誰もが感じた、思い。
「誰にも、内緒なんだよ……」
子供っぽい仕草で唇に人差し指を押し当てて、悪戯っぽく笑う伸吾は。
けれど、僕には痛かった。
「どうして………内緒なんだ?」
「決まった人が居る、から。俺の気持ちを知ったらきっと悩む、優しいから。だから言わない」
その瞳には決意の色があって。
だから誰も伸吾に反論できなかった。
伸吾が自分の保身の為に相手に言わないのではない事が、分ってしまったから。
より重い沈黙が僕達を支配した。
「山内は『純粋なる鋼』だね」
「夏野?」
あれから僕らは寮に帰って。
何とはなしに無為に時間を過ごしていた。
そうしたら夏野が僕らを自分の部屋に呼び出した……伸吾を除いて。
「なぁ、それってどういう意味だ?」
「鋼っていうのはそれだけでは結構弱い鉱物なんだよ」
「え?でも銅とかよりは全然硬いじゃん」
「あぁ、まぁそうなんだけどね……でもさ、鋼より強い鉱物だって結構あるんだよ」
「鉱物談義は後にして。で、夏野どうして伸吾が『純粋なる鋼』なの?」
僕は周りをぴしゃりと一括すると夏野に先を促した。
「言葉通りの意味。山内は確かに強いけど、同時に脆いって事。鋼ってさ強度を増すために色々な鉱物を混ぜたりするじゃない?そういう加工を施した金属に比べると純粋な鉱物はやっぱり脆いんだよ」
「……えぇと、つまりは?」
「山内は多分俺達が思っているより、ずっと精神が強いし自制心もあるよ」
確かに、そうだ。そうでなくてどうしてあんなに辛い顔をしながらも、誰にも縋らず我慢する事が出来る?
ツキン、と僕の胸が痛くなる。
僕は、駄目だった。日ごとに大きくなる思いに自分自身が負けそうになり、そして白鐘さんに縋ってしまった。
「だからこそ、怖い」
え……?どういう………
「どういう事、なんだ?」
僕の思いをそのまま言に乗せて秋山は問う。
「確かに強いけど、同時に弱い。たとえば加工した金属はある程度の衝撃には耐えるし、もし耐えられないにしても自分を曲げる事で、個としての自分を保つ事は出来るけど……」
其処まで夏野が言ったとき、僕にはある予感が閃いた。
………そんな。
「『純粋なる鋼』は、自分を曲げられない。耐えられなくなったら折れてしまうしか、ない」
「な、つの」
「僕は冗談なんかで言っているつもりはないよ」
普段は優柔不断とか、押しに弱いとか言われる伸吾だけど……
一度こうと決めたら決して譲らない頑固さも、あった。
それが、悪い方に作用している?
「多分、藤井が思っている事は、正しい」
夏野が僕の顔色を読んでそう言った。
僕は目の前が真っ暗になったような感覚を覚えた。
2003.09.04