■第5章 他が人に捧げられる純愛

僕は与えられた勉強の課題を片付けるべく放課後の図書館に足を運んでいた。
けれど、図書館に来てから1時間は経過していたけれど一向に課題は進んでなかった。
あの時……夏野が言った言葉。
それが僕の耳にこびり付いて離れなかった。
「純粋なる鋼、か………」
「何かの詩の一節かなにかか?」



ビクッ
僕は身を震わせた。一体何時の間に僕の背後に………?
「ビックリさせないでよ一条」
「そんなつもりじゃなかったんだが」
本当だか……
そう思ったけれど、問い詰めても吐きはしないだろうし、意味もない事なので聞き流す事にした。
「一条も課題……?」
「あぁ……いや俺ではないのだが」
「え?」
聞き返そうとしたけどすぐに納得する、彼か………



「仲が良いねぇ」
「あのな………」
やっかみ半分、からかう様に一条に話を振ると、珍しい反応が返ってくる。
ホントに珍しいよ……赤面する一条なんて(といっても洞察力に優れた人間じゃないと見逃しちゃいそうな微かな変化だけど)



「それで、純粋なる鋼とはなんだ?」
「こだわるね」
「それはそうだろう、本も見ずにボーっと外を見ながらそんな台詞を吐かれれば、誰だって気になるだろう?」
………一条、一体いつから僕の事見ていたんだか。
僕は言うべきかどうか一瞬迷ったけれど、結局話すことにした。
いい加減、かなり煮詰まっていて、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。



「なるほどな……夏野も上手い事を言うもんだ」
流石脚本家志望だな………そういう一条に僕は疑問を投げかける。
「一条?」
「分からんか?藤井。夏野の言う純粋なる鋼、とは山内自身の事であると同時に、山内が相手に向ける思いそのものなんだろう」
伸吾が相手に、向ける思い………?
「山内はたとえ自分が壊れてしまっても相手に幸せになって欲しいんだろう」
!!!!!………そう、か。



純粋なる鋼。
それは何処までも真っ直ぐに自分を曲げる事を知らない、否出来ない伸吾の気性であると同時に、折れてしまっても構わない、それでも思いを貫こうとする彼の。
相手に捧げられる純粋なる、愛。



それに気が付いたとき、僕は何かに打ちのめされた気分を味わった。
僕は誰だか分からぬ相手に完全に負けてしまったのだ。
決して自分が触れられぬ領域に伸吾の思いは、ある。
そして、見知らぬ誰かはいとも簡単にそれに触れる事を許されるのだ。



「藤井………?」
気遣わしげな一条の声が耳に入ってきたけど、僕には返事をする事が出来なかった。
まるで自分の全てが失われてしまったかのように呆然とするだけ、だった。




2003.09.11
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