■第7章 白百合の、君

「充流、どうした考え事か?」
「藤井?」
「あ………すいません白鐘さん、高崎さん」
二人に声を掛けられて我に帰り、とっさに謝ったが更に二人は不振げな視線を僕に投げかけた。
「珍しいな藤井が、こんな風にぼうっとするなんて」
「それは、充流さんだって人間なんですから、悩みの一つや二つ、あるに決まっているじゃないですか、ねぇ充流さん?」
………先生、本人に同意を求めないで下さい。
上目使いに先生を睨んで見たけど、全く効いている様子は、無い。まぁ当然か……



和やかな雰囲気の放課後の保健室。
久し振りに白鐘さんや高崎さんが居る空間……
まるで以前に戻ったみたいだ。そんな筈、無いのに。
僕は最近酷く昔を懐かしがっている。
伸吾はあれからも変わり続けて、多分1年前の伸吾しか知らない人が見たら同一人物か疑うんじゃないだろうか。
それほどの、変わり様だった。



肩の厚みも無くなって、ウエストが細くなった。
全体的に体が小さくなった気がする。
………それに半比例するように僕は以前より背が伸び、体の厚みも増しあまり自分自身好きではなかった多少女性っぽい顔は、男っぽいそれになったと思う。
僕も伸吾も、変わり続けなければならないのは、分かっている。
だけど、僕は………



「充流、『白百合の君』は、元気なのか?」
「利広、なんだ?その『白百合の君』ってのは」
「知らないのか、郁。山内の渾名だ、最近そう呼ばれるようになったらしいぞ」
「山内が白百合―――?!!」
興味深々と、顔に大きく書き好奇心に顔をキラキラ輝かせて高崎さんは僕を見た。
………説明、しなくちゃいけないのかな。
「そんな事より、お二人ともお茶のお変わりは如何です?」
やんわりと二人を視線で制しながら瞳先生が話題を変えてくれた。
白鐘さんも、高崎さんもそれで何かを感じたらしく、それ以上詳しくは突っ込んで来なかった……
もしかしたら、さっきの僕の気鬱と関係あると思ったのかも、知れない。
………実際、全く持って無関係ではありえなかったけど。



「んんんvvv喰った喰った!!瞳さんっ、ご馳走さんでした!!」
結局、3人とも瞳先生の仕事が終わる時間まで居ついてしまって、4人で保健室から出てきたのは部活を終えて帰る生徒がちらほら見える時間帯だった。
「いえいえ、郁さんは相変わらず良い食べっぷりですね」
「瞳さんの料理の腕が良いからだよ」
そんな風に世話話をしながら4人で校舎を出ると、前方に黒山の人だかりが出来ていた。



「あれ、一体なんだ?」
「さぁ、なんなのでしょうねぇ」
首をかしげて思わず?マークを飛ばして見る………別にそんな事をして事態が判明する訳でもないけれど。
「素直に見てきた方が早いだろう」
白鐘さんがそんな僕達に呆れたようにそう言って、人だかりの方に歩き出した。
「ちょっと待て!利広」
「行きますか、充流さん」
僕は苦笑でもってそれに応え、白鐘さん達に続いて歩き出した。



争うような声が人だかりの中心部から聞こえる。
正確には怒鳴るような声と、それを制止しようとする声、なんだけど………
…………あの声は伸吾?
「ちょっと、通して」
強引に人ごみを割って、中心部に進んだ。次第に見えてくる……やっぱり伸吾だ。
相手の奴は………A組の?
確かバスケ部の主将で、女の子にも男にも結構人気があるって聞いた事があるけど………
そいつが伸吾の腕を掴み何事か言っている。
どうやら言い寄っているみたい。



「…………あれは山内か?」
白鐘さんが驚いたように僕に問い掛けた。無理も無いかな。
伸吾は結構背も高いし(それなりにって意味で)顔も僕と違って女顔って訳ではなかったけど……
顔に浮かぶ表情は本人の雰囲気を劇的に変えていた。
可憐な白百合の君。
何時の頃からか囁かれるようになった、伸吾の渾名。
柔らかで儚げで、それでいてどんな人間が誘っても決して誘いには乗らない、高嶺の花。
それを是非とも手折ってみたいと、噂になっていた。



「あの先輩も無駄な事を。白百合の君が頷くはずも無いのにな」
「でも、あの人の思い人って未だに不明じゃん。自分がそうかもっておもったんじゃねぇの?」
「自身過剰なんじゃねぇのか?あの程度で白百合の君の相手なんて」
………あれは、伸吾の親衛隊のメンバーか。
「なぁ、それよりもうそろそろ止めに入った方が良くないか?伸吾先輩は『俺が話をするから』って言ったけど、あいつヤバイって。」
「あ……あいつ、何時の間に白百合に君の手を掴んで!!!くっそう、俺まだした事無いんだぞ?!」


そういう問題じゃないでしょ。
僕は心中で突っ込んで、更に前に進んだ。
確かにさっきの伸吾の親衛隊の子が言ってたように、彼はちょっとやばそうだ。
キレて伸吾に暴力を振るわないとも限らない。
やっと十重二十重の人垣をすり抜けて中心部にたどり着いた時の事。
ドサリ、と音がして伸吾が倒れた。
一瞬あいつが暴力を振るったのかと思ったけど、そうではないらしい。
あわてた様にA組の奴が伸吾を抱き起こそうとしたけど………



「触るな!!!」
自分でも驚くほど大きな声でそいつを制止していた。
こんな奴にこれ以上伸吾に触れて欲しくない。
瞳で相手を威嚇しながら伸吾に近づくとそっと抱き起こし顔色を確かめた。
…………多分寝不足からくる、体調不良だ。
「伸吾………?」
小さく伸吾の耳元で囁いてみるけど、反応は無い。



「充流、保健室に運んだ方が良いだろう」
「今、瞳さんが鍵を開けるんで先に行っているから」
………白鐘さんと高崎さん?
伸吾の事で頭が一杯で二人の存在を忘れていた。
「俺が運んでやろう」
白鐘さんがそう申し出て、くれたけど………
「大丈夫です」
決して譲らぬ瞳で白鐘さんを見据えると苦笑して僕に応えた。



僕が伸吾を抱き上げて立ち上がると、何故だか吐息のようなものが其処此処から聞こえてきた。
「ほら!お前たち、道を空けろ!!」
白鐘さんと高崎さんが野次馬達をどかしてくれている横でさっきのA組の奴が僕を睨んでいる。
僕はその瞳を真正面から見据えて睨み返した。
そしてきつく伸吾を抱きしめた。



その身体は以前と比べてあまりにも細く不安を掻き立てるものだった。
伸吾が好きな相手は、伸吾の全てを支配している。
きっと生かすも殺すも相手次第なのだ。
今、この腕に伸吾を抱いていたとしても、それは仮初の安心感でしかない。
その事実を再認識した時、僕の心に暗雲が垂れ込めた。




2003.09.21
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